北浦和コラム

コラム3番手は、最年長の私、木下が担当いたします。
編集長の夢は、【区内自治会のホームページ作成の支援がしたい、浦和区がネット上でつながって欲しい】

2006年4月13日朝日新聞に掲載された記事の内容です。ネットで、北浦和の交流
ネット上に自分たちの街を・・・さいたま市浦和区の岡村幸子さん(59)=写真=は、地元・北浦和の総合ポータルサイト〔北浦和e(いい)街づくり]の編集長を務める。
パソコン教室の経営を始めた6年前、知人に頼まれて東京都内のマンションのサイトを作るようになった。
マンションは、数百戸規模で、自治会情報を載せ始めると、住民が、ネット上の掲示板やメールを通じて子育てクラブを作ったり、ショッピングを始めたり、コミュニティーが自然と伝わっていった。


「自分が住む北浦和でも応用できるのではないか」地元商店街に働きかけたところ、5年前に区のコミュニティー会議の事業に選ばれた。
商店街情報、地域の図書館、公民館からのおしらせといった地域情報の提供に加え、雑誌や新聞のような「街の香り」がするサイト作りにこだわった。北浦和らしさを考えて出てきた答えがサッカーと教育だった。Jリーグ浦和レッズの本拠地で、県立浦和高
・市立浦和高・埼玉大の玄関口。この発想から生まれたレッズサポーターや新任教師奮闘記、埼大生のブログは、人気コンテンツに育った。
区内に90ある自治会のホームページ作り支援が目標で、「街の人にもっと自分たちのものとして利用してほしい」。
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朝日新聞に掲載された 岡村編集長
この記事は、お友達から、(貴方の上司で、ご一緒にホームページを作成されている方ですよね・・・)
そのようなお手紙が添えて送られてきました。

記事の最後にありますように、編集長の夢は、【区内自治会のホームページ作成の支援がしたい、浦和区がネット上でつながって欲しい】この記事を読みまして、編集長の大きな夢に感動し、素晴しい事だと思いました。

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自治会新年会の様子

ささやかではありますが、私が現在編集している『北浦和e街』サイトが岡村さんの夢を叶えるお手伝いが出来ているのだなと感じました、編集長の夢を叶えさせてあげるため)のお手伝いは、私自身の夢も、かなえさせて頂いている事につながっているのです。


小学一年生で、両親をなくした私には、やりたい事など叶うはずはありませんでした。
勉強は、苦手であったせいもあり、だいぶ年配で高校、大学と、学びました。

私がパソコンに出会ったのは、67才仕事を止め、山歩きしながら、野草の写真をパソコンに取り込み、ホームページを作りました。
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私のホームページ


そんな頃、北浦和e街サイトに参加しませんか?・・・とお声がかかり、参加いたしました。
最初は、写真の提供でしたが、写真の加工、コメントが入り、平和通り商店街の取材、一件の取材に、3回から4回通わないと完成しないこともありました。

自治会のページになりますと、イベントがあるたびに、カメラ担いで撮影し、その中から、使用する写真を、選んで加工します。
ページの作成上、自治会の役員になり、イベントがある度に他の役員の皆さんと一緒に、準備をし、イベントが始まると、撮影開始です。
撮影する度、使い物になる写真が撮れているのか?、パソコンに取り込んでページが完成するまでは、そのつど不安でした。

ローマ字も打てなっかた当初から見れば、前進はありますが、若い方々から見れば、2倍も3倍も勉強しませんとついて行かれません。Photoshop Elementsでは、半年かけて、勉強しました。

でも一こま一こまの写真に、文字を入れたり、影をつけたり、いいとこ取り(カット)したり、出来るようになると、楽しみが増し、朝4時起きして、パソコンと向かい合います。

自治会のお手伝いも、町内クリーン作戦、夜間パトロール、資源回収業務など、75歳の私には、応えましたが、写真を撮ることと、大勢の仲間の皆さんとの交流が支えてくれました。
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町内クリーン作戦


この北浦和e街サイトに参加することによって、浦和区四星会が発行しております『高冷者の主張 今、かがやいて』 の執筆の依頼を受け、自己紹介や、パソコンの魅力、ページの紹介などをさせていただきました。
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四星会発行 (高齢者の主張)冊子



また四星会会長さんの紹介で、浦和FMラジオにも出演する事が出来、私の声(悪声)が電波を通して流れました。

これからも、自分を磨きながら、「夢をかなえるために」北浦和e街編集員として頑張りたいと思います。

e街編集員 木下









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